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第39回淡水翁賞(令和五年度)


第39回淡水翁賞の受賞者が決まりました
 
 去る2024年1月24日(水)に第39回淡水翁賞選考委員会が開催されました。
 淡水翁賞は1983年に若手の金工作家を奨励するために設けられた賞で、今年度で39回を数えます。
 45歳以下という年齢制限を設けていますが、金属素材を使った作品であれば、どのような作品を制作している方でも応募頂けます。
 今回の応募者は11名でしたが、どの候補者も充実した力量の持ち主でした。
 作品を見ると、鋳金、彫金、鍛金のそれぞれの技法を駆使した作品で、内容もオブジェ、伝統工芸、ジュエリーなど様々ですが、何れの応募者も素材に真摯に向き合いながら制作していることが感じられました。
 その中から、第39回淡水翁賞に下記の3名が選出されました。
 選に漏れた方も、造形、技術とも素晴らしいものがありました。淡水翁賞は、年齢制限はあるものの、何度でも応募することが出来ますので、再度、チャレンジして頂くことを願っています。

 最優秀賞
 平戸 亜海  
「manul manuel ーマヌル・マヌエルー」(銅、銀箔)

【寸評】
 かつて、ある公募展で平戸が受賞した《sleep sheep sleep》を見たとき、私はこんな感想をもらしたことがある。
「目を細めて羊はどんな夢を見ているのだろうか。草原に身を投げ出して泰然自若としている羊に、作者もそうなりたいと願う気持ちを重ねているようだ。シャープな容貌と、フワッとした体を対比させる打ち出し技術が見事である。」
 今回の淡水翁賞に応募してきた《manul manuel》にたいしても、私は同じような印象をもった。作者自身も、「目元にこだわって表現した」というように、ともかく平戸のつくる動物は容貌がシャープなのだ。そして今回の作品でも、体がフワッとしている。
 応募作の写真を見たとき、審査員一同からは「素直(すなお)」という言葉が口をついて出た。平戸は鍛造技術を、東京藝術大学の修士まで出て身につけている。おそらく、同窓の人たちも等し並みに技術は優れているのだろうが、そのなかにあって平戸は「素直」という点で、一頭地を抜いていた。
 「素直」という造形上の価値は、「遊び心」と言い換えてもいいのではないか。芸術とは、工芸とは、鍛造とはかくあるべきという規範的価値に、その道で評価されたいと願う人は染まってしまいやすい。しかし平戸の造形には、そんな妄信的な規範追随は感じられない。
 語呂遊びのような作品タイトルからも、それは伝わってくる。私流に訳せば、《sleep sheep sleep》は、《眠れ眠れ、羊さん》、《manul manuel》は、《マヌル猫さん、君の名前はマニュエル》といったところだろうか。
manul manuel -マヌル・マヌエル-
2023年
60×45×60 cm
銅、銀箔

 優秀賞
 金 孝眞
「手の軌跡」ほか

【寸評】
 金 孝眞の経歴は華麗である。アシアナ航空のキャビン・アテンダントを振り出しに、ソウル大学の学部・大学院で金属工芸の実制作を学び、記者(専門分野はわからない)の仕事をしたあと、来日してからは東京藝術大学で芸術博士を取得し、現在は同大学の鋳金研究室で教育研究助手の職に就いている。
 博士論文の題名は「偶然の重層という変奏曲」。この題名は、フランス現代哲学の概念や用語で組み立てた造形論を思わせるが、実際には彼女は自分の言葉で、町の職人が請け負う鋳造のどこに自分が物足りなさを感じているのかを自問自答しているようだ。
 私のように美術史の研究畑を歩んできた者には、金のこうした問題意識は、もう論文だけでも評価したくなるが、しかしそんな彼女が、最優秀賞を獲得できなかった理由についても言及しておきたい。これから言うのは彼女の欠点ではなく、これからの彼女に世間がなにを期待しているかということである。
 それは一言でいえば、金の現状は、作品よりも研究の方が優っているということだ。作品が駄目だというのではない。そうではなくて、彼女がこれまで実人生で経験してきたさまざまなことが、それこそ「重層」となって彼女の研究に堆積して、その持ち味となっているのにたいして、彼女の作品にはまだそこまでの厚みや自己分析が見られないのである。
 制作は、体験から導きだされた人生観の表明で終わるものではなく、ましてや世間で流通している処世観の反映ではない。むしろ、既成概念から自分を解き放ち、それでも残る自分を探しだす行為であって欲しい。そうした期待があったからこそ、今回彼女は優秀賞に甘んじることになったのである。

優秀賞
松本 育祥
朧銀盛器「式」、鋳銅花器「夢想」 ほか

【寸評】

 昨年、松本が発表した作品に、《朧銀盛器「式」》がある。くすんだ黒褐色の金属板に、無数の白い斑を浮かびあがらせた作品だ。白斑は、材料の金属(銅に銀を加えた合金)に含まれている銀が発色したものである。松本は鋳金技法を父親から学んだ。
 作者が意図したとおり、黒褐色と白斑との対比は、抑制された詩情を感じさせる。しかもその詩情は、小さな足を付けて金属板を浮かせたことによって強調されている。
 伝統の鋳金技法でも、「こんなに新しい感覚を表現することができるのだ」と作者は主張しているのだろう。
 この作品に実用性を求めるとすれば、それは華道の盛器として使われることだろうと作者は想定しているが、審査にあたっては、この金属板が料理を盛る皿として使われても魅力を発揮するだろうと期待された。伊勢エビのお造りやシザーサラダが盛りつけられたとき、この作品は会席料理のかくれた主役となるだろう。そこにこそ、この金属板の渋い黒褐色の存在意義があるというものだ。
 しばらく前から伝統の工芸品は、その技法的巧緻さにおいてばかり評価されるようになってきたが、松本の鋳金作品は、そうした偏った伝統の評価基準に地殻変動を与えてくれるものと期待される。

朧銀盛器「式」
2023年

鋳銅花器「夢想」
2023年

第39回淡水翁賞選考委員

北村眞一
中川 衛
樋田豊郎
春山文典